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ら 来世の声を、聞いた、気が、した [流星の雪解け(雪間草)]


 瓜生は腕の中で苦しげに瞳を伏せた奏燈を見やった。
 頬には、薄く跡がついている。
 悲しくて泣いたのか、単に同調しただけか。
 何度これをこんな目に遭わせば気が済むのか。
 こんなことになってしまった理由など分かりたくもないが、
 誰とも知れなく呪詛の言葉を吐き散らしたくなった。

 そんな胸中を知ってか知らずか、加賀見も不愉快なようで厳しい視線を『彼女』へ向ける。
 震えたかのように見えた『彼女』だったが、
 奏燈とは対照的に不機嫌そうに、しっかりと加賀見の顔を見据えた。
「名は?」
 耳の奥で囁くような声を聞く。


  我が名を、他に知られることは脅威。
  たとえ同属の者にでも。
  それを知らないわけではあるまい?


 何かを押し殺すような、深く沈んだ声が、冷たく言い放つ。
「生憎、そちらの都合なぞ知ったことではない」
 そしてようやく気づいたように、『彼女』は目線を移動させ、瓜生を捉えた。
 けれど瓜生のほうは瞳を閉じ、いらいらと組んだ腕の上で、指先をせわしなく動かしていた。


  聖なる狂気。稀なる結び人。
  お久しぶりですね。
  ・・・・・・私に何か用でも?


 『彼女』は、口調こそ丁寧ではあるものの、決して恭順しているわけではなかった。
 むしろ瓜生を試し汲み取ろうとして、油断なく頭の中まで検分されている気分だ。
 瓜生は不快感は見せず、牽制もこめて続ける。
「必要以上に・・・・・・いやもう、これに関わるのはやめろ。
 ・・・・・・・・・・・・どうせ関わるなら、もっと早くが良かっただろうに」


  そうすれば、記憶を取り戻されたのかもしれませんが。荒療治ですね。
  私はこちらに来られてからのこの方が記憶をなくされていることを知りませんでしたし、
  来られる時間も予測しづらかった。
  それに私との接触は、ほらこのように――


 質問に考え込むそぶりは見せず、むしろ想定していたかのように答えた。
 苦しそうに眉根を寄せて奏燈を見つめる。
 青白く変わった顔。奏燈の体は、ぴくりとも動かない。
 加賀見は忌々しい気持ちで、じろりと睨んだ。
 声音に同じようなものを感じたのだろう。
 瓜生もまた、渋い顔をする。
「体力を消耗するのか」
 『彼女』は何も言わず、ただ頷いた。


  そうです。
  人外の者と接触するための力が未だに戻っておられない。
  記憶が戻っていないせいでしょうね。
  この不安定な中、それでも私を見ることは出来る。
  そんな状況で、迂闊に姿を現したならば追うに決まっています。
  必ずやお心を乱され――
  それを誰かに問うた時に、この方が奇異の眼差しを浴びられることは、
  もう私にとっても耐えられない。


「・・・・・・力が溜まるまで、ある程度こちらの常識を身につけるまで待っていた。
 なるほど。ならば何故『今』だ?」
 遅いといえば遅いし、早いといえば早い微妙な時期なのに。
 相手は未だに奏燈を見つめたままだった。
 夢うつつに語りかける口調は、幼子に対するように温かい。


  我が主・・・・・・幾度話しかけたいと思ったことか。
  私もできるものならば二度と姿を見せないつもりだったのに。
  しかし、確実に力が戻ってきています。
  それと同時に、いえ、以前からなのでしょうか。機関と『彼』が気づいたようです。


 血の気が引く、とはこういうことか。
 息がうまく吸えない。
 感情をあまり出さない訓練を受けているはずの瓜生でさえも顔色が変わっていた。
 加賀見は思わず、唇をかみ締めた。
 鋭い痛み、広がる鉄の味。

 

 呪縛から解き放たれて欲しかった。
 もう無縁だと思っていた。
 幸せになって欲しかった。
 全部を忘れ、このまま。
 このまま時が過ぎていけばいいのに、と幾度願ったことか。

 物心ついたときから止まっていた涙が、今になって溢れてきそうだった。
 もちろんそんなことはない。
 ないのだけれど。

 瓜生と加賀見、同じタイミングで目をつぶった。
 これ以上考えたくなかった。


  囚われの身に、させたくはないのはあなたたちも同じでしょう?


 彼を心配している声。
 それは自分にとっても最早、馴染み深いもので。
 視なくても未来が簡単に目に浮かぶ。
 僅かに残った足場さえ、崩れ落ちる気がした。

 

お題提供 哀婉

 


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な 泣くのはもう止めたほうが良い [流星の雪解け(雪間草)]


「お前友達はできたか?」
 唐突に何を言い出すのだろうと思った。
 笑っているが、目は真剣で、だけどさっきの話の流れと全くあっておらず、
 心なしか眼鏡の淵が鋭く光っているような気さえしてくる。
 加賀見の綺麗さが、どうしようもなく息が詰まりそうなほどだ。
 奏燈は唾を何とか飲み下した。

「できた、というべきか・・・・・・。
 声をかけてくれた人なら数人います。篠田さん、橋本君、津野さん・・・・・・」
 他にも転校生ということで話しかけてきてくれたのだが、
 どうも気の利いた返事ができないので、早々に興味を失ったらしい。
 友達になりえそうなのは、その三人くらいだった。
 無理やり瓜生も勘定に入れれば、四人になる。
「あ、あとハヤトも」
 これで五人。
 転校初日目にしては、上々だと思う。

「ふうん、まあまあな顔ぶれじゃないか。丁度有名人を選んでるあたり」
「有名人?」
「いや、変人かな。そんなことはいい、それよりそいつらから何か学校のことは?」
「学校のこと?」
 要領を得なかった。
 気づかせたいのか、言わせたいのか遠まわしに言葉を濁す。
 何を言いたいのかさっぱり分からなかった。
 加賀見は面倒くさそうに髪をかきあげる。
「たとえば渡里だ。あんなチビがお前を抱え上げて、
 おまけにとてつもないバランス感覚、瞬発力、体力を包含している。何でだ?」
「何でって・・・・・・知りませんよ、そんなこと」
「そうだろうな」

 いい加減にしてほしい。
 言いたいことがあるならさっさと言え、
 そんな気配を感じたのか、加賀見はこちらに向き直った。
「誰も知らないだろうよ。ただ優れた体力があるというだけだ。
 だが、学園内でそれを過剰に驚く奴がいたか?」
「――なにが、言いたいんですか」
「お前は世間知らずから分からないだろうが、学園の外に出れば間違いなく大騒ぎだ。
 下手すれば珍獣扱いかもな。しかしここでは『すごい』の一言で括られる」
「レベルが高い、と?」
「惜しい、こともない。だけど違う。ここはそういう所なのさ」
 ゆっくり屈んで、加賀見は奏燈と目線を合わせた。
 ゆらりと揺れる紫色の光が、何もかもを見通してしまうようで居心地が悪い。
 けれど、目線を離すこともできなかった。
「体力、技術、知識、暗記力・・・・・・そういった能力が、ここの奴らは常人離れしている。
 全てとは言わないさ。通常の学校で成績が10位以内くらいの、ちょっと頭がいいだけの奴も――
 そうだな、60%くらいか」

 通常のレベルが今一分からなかったのだが、それはそれで凄いんじゃないか、とも思う。
 しかし今は黙って聞いておくことにした。
「残りの30%がやる気を買われて、10%が特別に優れている力を認められて。
 大雑把だから正確じゃないけど。
 だが、その中でも渡里は別格の部類だな。体力が優れている奴なら他にもいる。
 だからさして驚かれない」
 そこで一旦間をおいた。
 どうやら喋りつかれたらしい。
 しかし、物思いにふけるように目線を一瞬だけずらすと、すぐに戻した。
 冷めてしまっているだろうが、机に置かれているカップをとろうともしなかった。

「そんなんだから、ここは成績や運動神経がよすぎて
 コンプレックスを持つ生徒には居心地がいい。
 しかし、その環境に甘えて力を伸ばそうとしない奴は、資格がないとみなされる」
 そんな人いるのか、とも思ったが、いるのかもしれないと自分を無理やり納得させることにした。
「馴れ合いたくない奴、自分の能力をひたすら高めたい奴、
 色んな『変人』がここには集まってる。
 だからこそ、この学園は受験者が多くても合格率は低いのさ。
 見合うだけの能力や、やる気がない、
 もしくは周りに順応できず、必要以上に騒ぎ立てる奴が多いから」
 ようするに基本的なレベルが高い上に、
 さらに目を見張るほどの貴重な人材がそろっているわけだ。
 だから、受け入れるのにもかなりの神経を使わなくては、入学者も生徒もやっていけない、と。

 理解できたのを見て取ったのか、加賀見はわざとらしく咳払いをして注意を戻した。
「レベルが高いという表現は間違っちゃいない。だが想像以上だ、ってことだけさ。
 いちいち驚いていたらキリがない。必要以上に驚かせる前に、
 それだけ言っときたかっただけだから、そこまで身構えなくてもいい。
 さて、余談だけど――お前は何を持っている?」

 ボクハ、ナニヲモッテイル?

「お前が入学できた理由、自分で言ったな?
 記憶力か剣道だと。元々どこかで核となる勉強をしていたなら、
 義務教育を四ヶ月で終わっても納得できる。
 剣道といえども、お前はそれほどのレベルじゃないと視える。
 つまりだ、お前の説明だと納得できない」

 ボクハ、ナゼココニイラレル?

「お前には何があるんだろうなあ?
 どうも俺には、お前がただ学びたいという意欲だけを買われた生徒には見えないんだよ」
 長い脚を組み、ゆったりと椅子に背を預けている様は、
 十人中十人が見とれるだろうと思えるほどの優雅さだった。
 切れ長の目から覗く紫水晶は、一挙一動を観察するかのように妖しく光っている。
 著名な彫刻家が、これでもかと丹精をこめて作った像のごとく、
 細部にいたるまで洗練された体には無駄な所は一つもなく、
 同性からしてみれば同じ人間かと天を仰ぎたくなるほどだろう。
 しかしそんな美青年に幾ら見つめられていようとも、奏燈は違うことで頭が一杯だった。
「ないですね、理由」
「自分を卑下してもろくなことがないから止めておけ。
 そこそこ見られる顔立ちだし、成績もまずまずだ。普通なら十分この学園に入れる」
 表現に引っかかる所はあるものの、それならなぜここまで、話をしたのだろう。
 たった今、入学した理由はそれだけじゃないと、自分で言ったばかりなのに。

「お前自身に、お前の能力を知らせるためだ。『コレ』、視えるんだろ?」
 あの花綺麗だよな、くらいの気軽さで指差したのは、間違いなく『彼女』だった。
 昼間に見たときよりも目が結んだ像は、はっきりしていた。
 生身ではないと分かるが、それがまた異様な美を醸し出している。
 儚げな雰囲気が漂いながらも、危険な存在だと今なら分かった。
 それでも、悲しげに引き結ばれた唇を、苦しげに伏せている瞳を見るたびに、
 今すぐに駆け寄って行きたくて仕方がない。
 知らず知らずのうちに加賀見の問いに首を縦に振っていた。
「発現・・・・・・していたのか」
 加賀見よりも低い声。瓜生だろう。
 それも随分こもっている気がする。
「そういうことだな」
 それに答える加賀見の声。
 どちらもこもっていて、なぜか体が熱い。

 ぐらり、と上体が傾いだ。
 予期していたように支えたのは瓜生だった。
「『彼女』が・・・・・・視えるのはおかしいの?」
「そうらしい」
「瓜生くん、は視えない?」
「ああ。今は」

 それがどういう意味かなんて問う暇は無かった。
 とにかくあそこまで行かなければ。
 あそこまで、『彼女』のところへ。
 そう思って立ち上がろうとしたのだが、いつの間にか『彼女』は側に来ていた。
 悲しげな表情のまま、無理に笑おうとしているのが分かる。

「泣かないで・・・・・・」

 少しでも慰めになれば。
 そう思って頬に手をやろうとしたのだが、叶わずにまた奏燈は意識を手放した。

 

お題提供 哀婉


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う 上を飛ぶ鳥に叫んで、 [流星の雪解け(雪間草)]

 

 じんわりと残る倦怠感。
 霞がかったように、上手く考えられない頭。
 頭の片隅に残るのは、記憶が始まってから出会った人々でも、
 目の前にいる白衣を着た男でもなく、ベールをかぶったように白く、柔らかに光る美しい存在。

「奏燈?」
 黙ってしまった奏燈に、加賀見が不思議そうに顔を覗き込む。
 その動きを辿って白銀の筋が、遅れて揺れる。
 紫水晶は、初めほどきつくは無くて。
 自分の中で彼の印象が変わっていることに気づいた。
「えっと・・・・・・そういえば、瓜生君は?」
「ああ、あいつなら教室にいる。鞄を取ってくるって言ってたな」
「そうですか」
 また黙ってしまった奏燈へ、気遣うように話題を変えた。
「そういえば、具合は? 何で倒れたか分かるか? どこか打ったりとかは?」
「・・・・・・・・・・・・」
 奏燈は目を見張った。加賀見の株がちょっと上がった瞬間である。
「何だよ」
 そんな奏燈を見て、加賀見は面白くなさそうに聞いた。
 またさらに間を置いた後に、いえと続ける。
「医者みたいだなあ、と」
「一応保健医だからな。それで原因に心当たりは?」
「頭とかは打ってないので、心配ありません。少し具合が悪くなって。多分揺られたせいです」
「聞いたところによると、渡里がお前抱えて森の中を走って、
 崖を駆け下りたっていうもんなあ。あいつ見かけによらず相当な力持ちだろ」
 おかしそうに笑うが、そこまで普通に笑えることだろうか?

 微かな異常に、心の中では点滅信号が作動していたのだが、奏燈はあえて無視した。
 幾ら記憶が無くたって分かる。
 どこかが異常で、何か危険で、そして面白い。
 そして『彼女』のことはきっと、言わない方がいい。


 ため息をついた奏燈を、しばらくじっと見つめていた加賀見だったが、不意にドアを見つめた。
「帰ってきた」
 そういうのと同時に、ガラ、とドアが滑った。
 暗くなってきた廊下の闇に紛れて立つのは、瓜生だった。
 冷めたような灰色の硝子の瞳が揺れて、こちらを見つめるまでの時間が、妙にもどかしい。
「・・・・・・・・・・・・」
 鞄を差し出し、奏燈が受け取ると、瓜生は加賀見のすぐ側にあった椅子に、すとんと座った。
 何処となく疲れた雰囲気だった。

 何も言うことが見つからず、
「そういえば、さっき言ってたこと。ハヤトが来て言いそびれたけど・・・・・・」
 そう聞くと瓜生はようやく思い出したようで、五ミリくらい頷いた。
「何の話してたんだ? というか、こいつが喋るなんて珍しいだろ」
 加賀見がにい、と口の端を吊り上げると、切れ長の目と細身が相まって、
 本に出てきそうな吸血鬼を思わせた。
 もっとも、吸血鬼の方もこんな目立つ容貌をしていたら、いろいろとやりにくいだろうが。
 本人は自分の顔などどうでもいいようで、適当に肘をついたりなんかしている。
「今日の五時間目・・・・・・だったかな? 先生にカードみたいなもの見せていたから、何かなあと」
「なるほどねえ。やっぱ間に合わなかったか。暁、お前歩いていったんだろ」
「・・・・・・・・・・・・」
 口を引き結んでいるところを見ると、どうやらそうらしかった。
「まあ俺も悪いんだけどさ。無理させたから」
「無理?」
「ちょっと、な」
 言葉を濁すようにうつむくと、垂れていた髪がかぶさって目が見えなくなる。
 
 こちらを見ることも無く、どこか嘲るような笑いを口元は浮かべたまま、言葉をつむぎだした。
「それで、暁はそのカードのことを話そうとしたのか」
「え――あ・・・・・・・・・・・・」
 話したと知れたら、何かまずいことになるのだろうか。
 もしかしたら、瓜生が怒られてしまうのかもしれない。
 何も言えずに黙っていると、それを裏付けてしまったようで、加賀見は軽くため息をついた。
 「やってられるか」と小さく呟くと、一層肩を落とす。
 何を言うかなども決めずにとりあえず口を開こうとすると、その前に止められてしまった。
 喋りながらゆっくりと上げられていく頭が、人形めいていてなんだか恐ろしい気がする。
「お前はあれに興味を持った。そして条件は満たしている。となれば、当然俺たちと同類なわけだ」

 このとき奏燈は、ヘンゼルとグレーテルを思い出した。
 おばあさんが魔女だと知った子どもたちは、その瞬間泣き叫んだのだろうか。
 それとも、恐怖におびえて指一本さえ動かせずにいたのだろうか。
 お菓子の家が、得体の知れない不気味さを伴ったとき、
  その場全てを忌まわしく思ったのだろうか。
 冷たく笑う加賀見の顔を見て、ぼんやりとそんなことを思った。
 暑くもないのに背中から下へとゆっくり、汗が伝っていくのが分かる。


 つい、と窓を横切った一羽の鳥が、どうしようもなく羨ましかった。

 

お題提供 哀婉

近況報告


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よ 余韻を残して [流星の雪解け(雪間草)]

 

「ソーヒ?」
「出雲、……冗談だろ?」
「な、何が?」

 なぜだか懐かしいものを感じた。
 一瞬にして空気が変わる。
 自分を見る目が、取り巻く周囲が過ぎ去って、追いやられる。
 追い詰められ鎖に絡まった鳥に、羽をむしり取られた蝶に、どうしろというのか。


 『彼女』は困ったような顔をすると、するすると近づいてきた。
 優雅な動きに、思わず奏燈は見惚れる。
 足音を全く感じさせない足取りで、僅かに奏燈の頬に触れた。
 形のいい、薄い唇が動いた。話しかけているようだった。
 けれど、聞こえない。
 全く理解できていないことに気づいたのだろう。
 本当に悲しそうに、首を振る。涙を流していそうな雰囲気だった。
 こちらまで同じように悲しくなって、知らず知らずのうちに視界がぼやける。
 『彼女』はそれに気づくと、奏燈の鼻に触れそうなほどにまで顔を近づけた。


 綺麗だった。
 間近で見ると、緑と青が入り混じった不思議な瞳に、全身を白い衣で覆っている。
 優しい花の香り、芳しい太陽の香りがして、思わず眠気が催される。
 『彼女』の手が頬に触れたような気がした。

 (どこから来たの?)

 頭に痺れるような感覚が走る。
 じぃん、とした刺激が心地よさと気だるさを催し、程よい浮遊感が頭から爪先までを襲う。
 視界全体に星が舞う感じがして、ゆっくりと霞がかかったように視界が白く、明るくなっていく。
 やがて全身から力が抜けていくのが分かった。
 くらくらする頭を叱咤し、感覚がない足を無理やり立たせようとする。
 けれど、役に立たない。底なし沼にはまっているかのように、何一つ動かせない。
 何も見えない。何も聞こえない。
 冷たさも熱さも感じない。

 (どこへ行くの?)

 やがて肺の中の最後の空気が声になることなく、ただの吐息となって漏れたとき。
「おい、ソーヒ!?」
 崩れ落ちた。

 

 波が遠くから聞こえるみたいに、音が去ってしまっては近づいてくる。
 聞いたことのないような弱々しい声。
 聞いたことのないような優しい声が聞こえた。
 そしていつになく悲壮な。

――何を思っているんだろう?
 奏燈は触れたくて、知りたくて手を伸ばした。
 しかし、その手が握られることはなかった。
 いや、手を伸ばしもしなかったのかもしれない。

 
「もうそろそろ、目が覚める頃だな」
「う――」
「落ち着いたか?」
 眩しさに目を細めると、軽くカーテンを引く音がした。
 滑らかな指が額を撫で、熱を測る。
「熱はない、と。全く、編入早々保健室の住人になるとは。一体どんだけ興奮してんだよ」
 ずけずけと言い切るこの口調は、加賀見だ。
「かが……みせ……せ」
 そこまで言って、ひどく声がかすれていることに気づいた。
 苦しくなって咳き込む。
 くぐもった音が、思った以上に部屋中に響いた。
 喋らなくていいと、加賀見が腕で背中を支えて、水を飲ませてくれる。
「何だったっけ? 渡里に抱えられて山を降りてきた後にいきなりぶっ倒れた、と。
  よかったなー、編入早々すでにお前の名前が全校に知れ渡ってんぞ。人気者ー」
 祝っている様子などかけらも含まれていないが、面白がるように鼻を鳴らす。

 偉そうな紫水晶が見下ろしてくる。
 それでも、嘲笑も侮蔑も、嫌悪も拒絶も、恐怖の色さえも見られなくて。
 たったそれだけなのにひどく安心して、溜めていた息をはいた。
 じんと頭の芯が痺れる感覚はまだ残っているが、指先も足もきちんと動く。
 ようやく頭がはっきりしてくると、先ほどまでの光景を思い出した。
「あ……ハヤト、と……」
 『彼女』の事を尋ねたかった。
 知らない人なのに、見覚えのある懐かしさの理由が知りたい。
 それは蜘蛛の巣のように纏わりつき、どうも離れそうになかった。


 

   お題提供 哀婉

 


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さ さらりと吐いた言葉を [流星の雪解け(雪間草)]


「ちょ、ちょっと降ろしてよ!」
「何でー」
「何でじゃなくて! この体勢自体ありえないしっ」


 がさがさと、周りから聞こえる音はすでになじみの音となっていたが、スピードが違う。
 森とも言える、鬱蒼と茂る木の間を走り抜けているので、
  時折跳ねる木の枝を上手く避けることが出来ずに、顔や手に当たって妙に緊張する。
 その上、彼の細腕に抱えられているとなっては、拒否しない方がおかしい。
――これって俗にいう……お姫様抱っこって奴だよね。
「いやいや、だってお前足遅いだろ」
「かもしれないけど。というより君が速すぎるんだよっ」


 お前、足遅いじゃん。
 君が速すぎるの。僕だって標準よりは速いと思ってるよ。
 でもオレよりは遅いなー。
 ……はいはい。


「……それでも、標準よりは速いって?」
「比べたことないから、分かんない」
 当たり前といえば当たり前なのだが、前方をじっと見つめて走っているハヤトの顔を
 見ていると、どこかしら違和感を感じて、なんだか変な気持ちになる。
「ふうん、でもきっと速いと思うけど」
「だといいなあ」
 がく、とまた新たな浮遊感に襲われる。次いで、エレベーターに乗っているような、
 落下する妙な感覚が迫る。
 ハヤトがどこかを降りていっているらしい。
 上に、遠くに景色が流れていく。
 腰の辺りが寒いような感覚に、思わずしがみつくと、強張ったように彼の腕に力がこもる。
 吹き上げる風が顔に当たってしまって、息がしにくい。
 目を開けると、猛スピードで流れる風が見えるような気がした。

「少しは抑えろ。こいつにはきつい」
 上の方から低い声が注意している。
 驚いたことに、このスピードに瓜生もついてきているらしい。
――だから、君たちは一体どういう……
 驚いたのだが、すでにどうでもよくなっていた。
 本当のことをいうと、恐怖など感じなかったし、自分が風になっているようで気持ちがいい。
 清々しい解放感。
 慣れてしまえば、どうということはない。
 でも、落下の感覚には慣れそうになかった。
 とはいえ、ここで今更言うわけにもいかず――


「ううん。気持ちいいよ」
「そうだろ?」
「大丈夫か?」
 いつもよりも口数が多い瓜生のほうに驚きながら、何とか微笑を作ってみせる。
 瓜生は納得したように頷くと、ふっ、と視界から消えた。
 何事かと目を見張ると、数秒遅れて完全に宙に浮いた感覚が体を包んだ。
 先ほどまで森の中を抜けてきたために、風と陰の冷気で
  すっかり冷えてしまった体が、陽光に暖められる。
 眩しさに目をつぶると、軽く地面に降りる音が聞こえ、完全に動きが止まった。
 ゆっくり揺られている感覚が続くと、やがて収まり、こわごわ目を開けてみる。

「着いたぞ。あそこだろ?」
 顔で指す方向を見ると、数人が驚いたようにこちらを見ていた。
 まあ仕方ないのだろう。
 小柄な少年が崖ともいえる場所から、落ちるようにしながら降りてきて跳んだあげくに、
  腕には奏燈を抱え、隣に瓜生までいるとなれば。
 その中には橋本もいたらしく、慌ててこちらに駆けてくる。

「出雲! お前……どうしたの、その恰好。気分でも悪いのか?」
 そういえば、いまだにハヤトに抱かれたままだった。
 それを思い出して、羞恥で顔が熱くなるのを感じる。
「ハヤト、降ろして」
「ほいっと。じゃ、ソーヒ。また後で」
「うん、またね。君も」
 ハヤトと、その傍らに立ち、静かに微笑む彼女に手を振る。

 さり気なく言ったつもりだった。
 いや、無意識といってもいい。
 後から思う。
 言わなければ良かった。

 

 一言告げた瞬間、奏燈の声を聞いた全員が凍りついた。

 

お題提供 哀婉

 


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