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それ以上叩くと壊れます。 [自作小説]

(最終話)

「帰る」
「え?」
「家に、帰る」
 碓井は初めて動揺した顔を見せた。

「何で? あ、出来が悪いとか言ったから? あれは冗談だよ、別に・・・」
「で、また帰ってくる」
「はあ?」
 何がなんやら、という顔にも初対面だった。
「滝本守之助。それが今の組長の名で、俺の父親の名だ。
 俺はこれを捨てる。一文無しの宿無しになる。赤の他人の俺を、また拾ってくれないか?」
「拾う予約・・・って、何だいそれ。
 第一、親父さんを早々簡単に捨てちゃいけないよ。そんな人生決めるような大事・・・」
「捨てる。拾ってくれ」
「聞いちゃいないね、君」
 はあ、と呆れたように俯く。
「偶然落ちていたらね。何か拾うかもしれないよ。私は気まぐれだから分からないけれど」
「そうか。じゃ」
 またとも言わず、思い立ったが吉日で出て行った。
 碓井も引き止めなかった。いつの間にか居ついて、あっさり去っていく。
 そんな野良猫のような暮らしがぴったりだと自嘲しながら、
 俺は未だアスファルトの照り返しが目に触る昼の道を歩いていった。


 その後。
 俺は親父に、これから一切家とは関わらない旨を告げた後、頭を下げた。その前に学校に行かせてくれ。
 高校一年ですでに留年という華々しい記録を再度更新するかに見えたが、
 何とか中退せずに二年へと上がる。
 その間に悪い仲間とも縁を切った。ちょっと苦労したが、ここでする話でもない。
 無事に大学へ入ることにも成功した。金は自分で真っ当に稼いで、授業料は捻出することができた。
 入学と同時に家を出て、俺はある場所へ倒れこむように座り込んだ。
 だらりと寄りかかったせいで、セットした黒髪がくしゃりと崩れる。
 どうでも良くて目を瞑ると、ひんやりとした風が漂ってきた。

「折角決めているのに、台無しだね?」
「いいだろ、別に」
「家にはヘアクリームなんて置いてないんだよ」
「・・・・・・お前一応女だろ」
「なんだかいつかも似た台詞を聞いた気がするな・・・・・・」
「いつかも似た台詞を言った気がするよ」
 目を開けると、思い描いていた顔が逆さに覗きこんでいた。
「ちょっと大きくなったかな? いいね、男の子は。すくすく伸びていくんだから羨ましいよ。
 天袋にも手が届くかもしれないね」
「・・・・・・単なる脚立程度にしか見てねえだろ、それ」
 碓井はあの時とまったく変わらず、くすりと笑った。
「拗ねない拗ねない。・・・・・・また青臭い悩みで飛び出してきたのかい?」
「親父とは縁を切った」
「・・・有言実行の男だね、君は」
 碓井は呆れたように、そして少し不安そうに目を泳がせる。

「なら、ついてくるかい? 何か食べたいものでもある?」
「かつお梅を入れた握り飯と、味噌汁」
「・・・・・・」
「お前が黙るなんて、天変地異の前触れだな」
 碓井は息を吹き返し、ちょっと赤くなりながら言った。
「昭和の告白みたいで驚いたんだよ。
 ・・・それにしても随分と安上がりだね? そんなんじゃ栄養が取れないよ」
 私だって少しはレパートリーを増やしたんだよ、と碓井は口を尖らせた。
「なら、ずっと食べさせてくれよ。お前の料理
「・・・・・・古いね。今は最上階のレストランワインを飲みながらプロポーズする時代だよ」
「その情報も多分古い」
 まあ、古くたっていいんじゃないかと思うけど。わざわざ言ってやることもない。
 碓井は益々目を泳がせて、動揺した。
 俺がここで告白するとは思わなかったのだろう。いつまで経っても弟のままと思うな。
 そう言ってやると、碓井は心外だというように反論する。
「背も高くなって、日に焼けて、髪も短くなって。立派な男性になったじゃないか。・・・・・・弟とは思ってないよ」

 そういえば、あの時とは容姿が随分と変わったんだったな。
 碓井が後に続けた言葉も、もちろんちゃんと聞いていたが、
 照れくささがどうにも伝染して、あえてそこには触れない。
「俺だってよく気づいたな?」
「そりゃあ・・・こんなとこに座ってるんだから」
 後姿は似てたし、間近で見たら顔がそうだったし、とぼそぼそと言う碓井は、
 全く碓井らしくなかったが、それはそれでいいように思えた。
 大体本人という確証を得ないまま、見知らぬ他人に近寄っていく無謀さは相変わらずで、
 全く碓井らしいといえるのだ。

「なあ」
 肩に手をかけると、びくっと体を揺らした。
 前もそういえばそうだった。過去に起因するのか、碓井は体に触れられると極端に驚く。
「俺と結婚してくれ。・・・つってもまだ学生だけど」
「そういえば、君何歳?」
「19」
「私は26なんだけど。・・・・・・やばいかもなあ。青少年健全育成」
「俺の家のほうがやばいだろうが。それも含めて考えて、結婚してくれ。
 家からは口出しさせない。けれどまだ稼げないからヒモみたくなるけど、将来は真っ当に稼ぐから」
 どうトチ狂ってプロポーズなぞしてるのか、自分にも謎だった。
 この若さで結婚したら苦労するのは目に見えているのだ。誰にも祝福されない事も。
 あの一週間だけの付き合いだった。
 しかもただ普通に話して、飯食って、ゆるい紐と共に眠った、
 恋愛じみた会話も行為も一切無かったのにやっぱり、この数年間思い出していたのはこいつだけだ。
 全く、どうしちまったんだか。
「ゆとり教育世代が、ここまでアツクなる時って貴重なんだぞ」
「生憎、私もその世代らしいんだけどね」
 やっぱりどうも真面目な方向に行かずに、脱線してしまう。
 男が女にがっしりと手をかけて説得している姿に、何事かと視線を送る通行人に目もくれず、
 これでも一世一代の大勝負の真っ最中だというのにだ。どうにも緊張感があるようでなかった。


「お前が好きだ。だから結婚してくれ、智美」
 名前はずるいだろう・・・と囁いたのには聞こえなかった振りをした。
 本当は会えたら開口一番にこう言うつもりだったのだ。
 予定が随分と狂ったが、きちんと言えたから結果オーライっつうことで。
「返事が聞きたい」
 せっかちだと思いながらも、智美? と駄目押しをしてみる。
「そ・・・」
「そ?」
「・・・・・・それ以上叩くと、壊れます」


 気づけば真っ赤になった顔を俯かせながら、黙ったまま。
 暫し間を置いて、なんか怖いから、結婚するまでは紐を外さないからなと言われて首をかしげた。
 しばらく考えて、ああ寝る時の事かとようやく気づく。
 今度こそぎゅっと縛っておけよ、と言ってやると、勿論だ、一応女だからなと返される。
 なんだか色々変なカップルだなあと思いながらも、
 で、拾ってくれる? と囁いてやると、仕方ないという顔をされた。


「おかえり、総一君」
「ただいま」


 ねえ君、意外と人生楽しいもんだろ?
 聞いてきた智美の顔を見る前に、同じ表情をしてみせた。
 にやり笑うのを共に確認すると、軽くふきだす。
 幸せか?
 そう聞いた俺の顔を見る前に、幸せだよと即答した後、羊羹が無いけどねと冗談めかして笑われる。
 笑顔が絶えない家庭になればいいなと、やっぱり漠然と考えた俺だった。

 

お題提供 月と戯れる猫

 


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コメント 2

愛輝

こちらのコメント欄を見て下さっている方はおそらく少ないかとは思いますが‥、暫く引っ越しでネット環境にいないため、更新を2、3ヶ月ほど休まさせていただきます。

パソコンとは違う、この端末で更新してみようかとは思いましたが、入力すらできない状況のようなので、申し訳ありません。

m(_ _)m

またお逢いできる日を心待ちにしております。
by 愛輝 (2012-11-17 23:34) 

リンさん

このコメント読むのはちょっと先になりそう?

この結末には驚きました。
すごい恋愛小説だったんですね。
ほんの数日だけど、中味の濃い時間だったんですね。
ハッピーエンドでよかったです。
楽しみました。ではまたね^^
by リンさん (2012-11-20 18:43) 

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