いつまでも、あなたのもので。 [今日からマ王!]
いつだったかオレは、誰にも飼い馴らされませんよ、とおどけてみせた。
そうか、と貴方は興味が無さそうに、手元に視線を固定したままだった。
「じゃあ、そういうことでー。失礼しまーす」
「ヨザック、帰ってたのか」
「やっほー隊長」
ひらひらと手を振ると、幼馴染は糸が切れたように緩い笑いを見せた。
護衛役として始終くっついているあの人がいないから、今は帰宅中なのだと悟る。
「今回はどこに行ってたんだ?」
「んー・・・業務命令で、秘密。焼き鳥は美味かった」
ふうん、と相槌を打ちながら、大して考える素振りも見せずに答えを叩きだしたらしい。
閣下、これはオレのせいじゃありませんよ。貴方の弟さんが勝手に解答らしきものを探り当てたんですと
密かに言い訳をしながら、遠ざかっていく部屋の気配を思い出す。
「鳥の名産地といえばコッディか。あそこは悪名高い地方領主がいるところだったっけ?
またお得意の潜入捜査でもしてきたのか?」
「嫌そうな顔すんなよ。これでも結構成功率と情報収集率はいいんだぜ?」
「だから嫌なんだ」
「なんてこった。隊長ともあろうお人が情報把握の重要性を理解していないなんてー」
「嘘泣きはやめろ」
本気で嫌がっているらしい。
頭痛がしてきそうだとかいいながらわざとらしく米神を押さえる。いくら幼馴染でもあんまりだ。
眉根を寄せた顔を見ると、どこかで見たことのある顔に酷似していた。
本当にさり気なく血の結びつきを垣間見せさせられる兄弟だ。
「金ぴかは嫌だよな」
「どうした。いきなり」
「外装はそうでもないってのに、内装は高価な品ばっか。
しかもよくこれだけ趣味悪いモンを集められたなっていう」
「ああ・・・そういう貴族も中にはいるな」
「ほーんと、閣下がそういう人じゃなくて良かったよ。報告行く度に目をやられるぜ」
ピカピカしている背景にグウェンダル一人。妙に似合いそうでそれがまた恐ろしい。
「まあ、今でもある意味ではそうかもしれないけどね」
「あえて避けていたのに、ひどい弟ー!」
編みぐるみの話題は、ちょっとした爆弾だ。
本人に聞かれでもしたら、一週間くらい口を聞いてもらえないかもしれない。
最も試した事は無いから分からないけれど。
「しかし、そういう点ではよく生粋の貴族であるグウェンについたよな」
「ああ? 誰のせいだと思ってんだよ」
「苦情は聞き逃すとして」
「・・・・・・そういうの得意だもんな、アンタ」
「お前も、長く使われるとは思わなかったし。グウェンが長く使おうとするとは思わなかった」
確かにどちらも使えるものは使うやり手だけど、と零してからお茶を飲む姿に、
お前には言われたくないと密かに思う。
腹黒の称号を得ているのは間違いなく閣下でもわがままプーと呼ばれている閣下でも
汁閣下でもなく、目の前にいる彼だ。
「本当に、長く傍にいてくれてありがとう」
「どーしたんだよ」
「別に。グウェンは誤解されやすいから。その分ファンも多いみたいだけど」
「心酔する奴はとことんだから。おっと、危険人物認定しましたーって感じだな。オレは大丈夫だってェ」
オレは恐らく心酔しているというより、陶酔しているんだ。
ため息をつきたくなるほどの馬鹿に使われることほど不幸な事は無いけれど、
ため息をつきたくなるほどの手腕を発揮する者に使われることほど、楽しい事は無いんだから。
それと、いつまで経っても何をするか分からない、わくわくする上司も同じくらい楽しいかな。
そう言ってやったらますますコンラッドは渋い顔をした。
だからそれはやめろって。幾らしてもアンタがお兄様になるわけじゃないんだから。
歩こう [自作の詩]
暖かな午後の日差し
顔にも体にもたっぷりお日様浴びて
ちょっと冷たい秋の風だってへっちゃら
ぬくぬくとした陽気 小春日和で
本当に快適
まるでそう歌いだしそうな
夢見心地の午後の猫
ふっくらした毛にちらちらと当たる光が羨ましくて
のろのろと進めていた足をとうとう止めて じっと見つめた
暖かそう
気持ちよさそう
私もあなたみたいになりたいな
そう私も思われていたりするのかな
にこっといつも笑っている
それはどんなに難しいことだろう
泣きたくなったとき 怒り出したいときだって
感情を抑えているのは
本当に心から笑っている
いつもそんな時ばかりじゃない
友達と笑っていたって
自然に身についている笑顔を
ただ再生しているにすぎないこともある
ずっと生きていると
何か一生懸命走って ふと空を見上げると
自分は何をしているんだろうって思うときがある
何も目的のないまま
ああ 今日も一日が過ぎた良かったねって
ぼうっとして手探りで
もどかしさを感じながら歩き回っているせいで
本気で真剣に本当に人のためになれることを見つけて
その目標に向かって突き進んでいく
人は何かを達成しようとして
そのために頑張ろうとするとき
そこに喜びを見いだし
その瞬間人は大きな輝きを放ち
他の人にも多大な影響を与える
ぴゅうっと寒い風が吹く
今は私のところに日は射してないけれど
きっと必ず光がやってくる
やってこないなら明かりのほうへ私が行けばいい
そう思って上着のボタンをしっかり留めると
大きく足を踏み出した
揺れ動く世界、懐かしい香り、唐突に消えた迷い [今日からマ王!]
愛されていることは、分かっている。
大切にされていることも、分かっている。
自分が一人でいる理由も、仕方ないことなのだとちゃんと理解している。
けれど、こんな夜は傍にいてほしい。
こんな夜は温もりがほしい。たとえ愛されてなくたって、それだけで十分だから。
「ひっ」
暗く、広い部屋を稲光が照らした。
肌触りが良い薄布を跳ね飛ばすように、小さな体が寝台の上で揺れる。
耳をふさいでも鋭い音はまだ過ぎ去らず、何度も何度も大地を揺り動かしていた。
朝はあんなに晴れていたのに、夕方になってから急に雲行きが怪しくなって、
寝る時刻には寝付けもしないほどの大音量が自分を脅かすのだ。
こうなると、稲妻が作り出す窓掛けの影さえもが恐ろしくなってくる。
闇には何かが潜んでいるような気がするし、
ちっぽけな自分が今にも吹き飛ばされてしまうんじゃないのかとぐるぐる考えて、眠りたいのに眠れない。
「嫌あっ」
また大きな雷が鳴った。
敷き布をぐっと掴みながら耐えていたが、やがて誰かを呼んでみようかという気になった。
侍女でもいい、けれどどこか寂しい。
兄たちでもいい、けれど恥ずかしい。
本当なら母がいいのだが、今は視察という名目で遠い地に行っているので、城内にはいない。
「うー」
さらに大きな雷が鳴って、寝台から飛び出した。
もう無理だ。
一人でこのまままんじりともせずに恐怖の夜明けを迎えることは目に見えていた。
恥を忍んで誰かの部屋に飛び込むことにした。扉の取っ手に手を伸ばした瞬間、ふと迷う。
どちらにしよう?
ちょっと厳めしげで、それでもとても優しい兄だろうか。
それともいつも笑顔で、それでもとても強い兄だろうか。
どおん、と今迄で一番大きな雷が鳴った。
立ってもいられなくなって、頭を抱えて思わずしゃがみこむ。
「「ヴォルフラム!」」
と、頭上から慣れ親しんだ声が降ってきた気がして、そろそろと頭を上げる。
「大丈夫か」と優しい声と共に頭を撫でられ、「一人で頑張ったね」と目じりに溜まった涙を拭われた。
二人の兄が自分のために来てくれたことに驚きながらも、それ以上に嬉しくてまた涙が零れた。
けれど二人はよほど怖かったのだろうと勘違いしたようで、
小さな子どもにするかのように「大丈夫だ」と囁かれながら、ゆっくりと抱っこされて寝台へと運ばれる。
「ヴォルフラム・・・隣にいるから」
離れていってしまうのが嫌で、服の端をぎゅっと握り締めながら嫌々を繰り返す。
自分でも子どもっぽい仕草だとは思うが、恥ずかしさはこの際二の次だ。
段々まどろんでいるからこその動作だった。
寝台の傍にいてもらうだけでも嬉しいことだが、
自分が眠ってしまえば、きっと彼らは部屋に戻っていくのだろう。
そうして目が覚めた時に雷がまだ鳴っていたら、今よりもっと寂しいのだ。
「仕方ないな・・・、ヴォルフ。俺たちも隣で眠るよ。それだったら怖くないだろう?」
「はい・・・あの、手を握っててもいいですか」
「うん」
勿論、といった様子で次兄が手を差し出したので右手で掴む。
振り返ると長兄も優しげに伏せられた瞳でこちらを見返したので、左手を絡ませた。
暖かな体温と交じり合った心音が聞こえてきて、吸い込まれるように三人は眠りに入っていった。
後日聞くところによると。
あの日長兄は心配して、すぐに扉の前まで来たらしい。
けれど、案外平然としたヴォルフラムが、雷くらいで眠れないのではないかと
心配されたと恥ずかしがるかもしれないし、
実際雷が怖かったとして、兄が軽々しく様子を見に行っては自立の妨げになるのではないのか、
などと難しい事を考えていたのだとか。
そして次兄は対照的に、ぐっすり安眠していたらしい。
けれど、大きな雷に目が覚めて、小さな弟が怖がっていないかと思い立ち、
扉の前まで走ってきたとき、悩んでいる途中だったグウェンダルと出くわして、双方苦笑いしたとか。
その後、大きな雷が鳴ったのを合図に、二人同時に扉を開けたという話だった。
それを聞いた王子様は、雨上がりの空に負けないくらいの清々しさで微笑んでいたらしい。
君の目を、見つめていたい。 [自作の詩]
たとえ誰かが
抜き身の刃のようだと言おうとも
射殺しそうだと言おうとも
私はあなたを見ていたいのです
不吉な目だと言われようとも
睨んでいるのだと言われようとも
私はあなたが人を信じたいのだと思うのです
たとえあなたが
大変に幸せだと言おうとも
お腹いっぱいだと言おうとも
私はあなたが寂しそうだと思うのです
鬱陶しいと言おうとも
迷惑だと言おうとも
私はあなたを幸せにしたいのです
お願いだから見つめないでくれと言うのはどうしてでしょう
そんなに綺麗で吸い込まれそうなくらいに麗しいのに
ほらそうやって 恥ずかしがるあなただから
謙虚で 汚れていなくて
他者を踏み台にする事など考えもしないあなただから
願わくば あなたの傍にいて
ずっとあなたの目を あなたの人生を見つめていられますように
一日だけの秘密の契約 [今日からマ王!]
「トリック・オア・トリート、グウェンダル!」
「はろいんか・・・・・・」
忘れていた、と彼は手のひらで額を覆った。
机には書類が山積み。部屋の隅に編みかけのくまちゃんらしきピンクの物体が横たえられており、床にはゴミ箱から溢れだした紙くずだらけ。
不潔なイメージが無い彼はきっと毎日掃除しているのだろうから、これは一日だけでこうなったのだろう。
「グウェン、大丈夫か? ごめん、こんなに溜まってるなんて思わなくてさ」
「ヴォルテール領の書類もまとめているからな。一見すると多そうだが、何と言う事はない」
「いやいや! とてもそうは思えないよ。顔がすごいことに・・・・・・違う、顔色がありえない事になってるぞ!?」
青白いを通り越し、土気色。本来なら艶のある灰色の髪は潤いが無く、深青の目も白目が赤くなっているせいでどこか紫色のようにも見える。
「グウェンダル、今日はもう休んだ方がいいって! 本当にあんた倒れるぞ!?」
「そうは言うが今これをしておかないと後で困ることに・・・」
大体、これしきで倒れるほどやわな鍛え方をしていると思うのかなんて言うけど、あんたデスクワークするために鍛えてるわけじゃないだろ!
「駄目だって! ・・・・・・グウェン、あんた今御菓子持ってる? 持ってないだろ? じゃあ悪戯! 悪戯であんたが仕事するの邪魔してやる!」
「・・・何だと?」
彼はじろりと一瞥をくれたが、切羽詰った形相の割には、疲れのせいか凄みが無かった。
「だから、休めって! 仕事しちゃ駄目なんだよ」
「ほう? ちなみにどうやって私を止めるつもりだ?」
彼は手を組み、少しだけ首を傾げながらこちらを見て不敵に笑った。どこか挑戦的で、色気のようなものが漂っていて、全く彼らしくない。
「じゃあ、来い!」
「お、おい。ユーリ?」
ぐいぐいと引っ張っていった先は中庭の片隅で。
葉をよく茂らせた大木の下は、おれの一押しの隠れお昼寝スポットだ。そう説明すると「なるほどな、姿が見えないときはここに来ていたのか」としたり顔で納得された。これはもしかしなくても、墓穴ほったのか?
「まあ、いいから。とりあえず座ってよ」
芝生に先に座ると、隣をばふばふと叩いて座らせる。不承不承ながらも腰を下ろした彼は、不思議そうにおれを挟んだ向こう側にある物体を眺めた。
「何だ、それは」
「元々おれがグウェンダルの部屋に来たのはさ、悪戯するためじゃなくてこれを差し入れに来たからなんだよね。一緒に食べようと思って」
差し出したのはサングリアたちが作ってくれたサンドイッチだ。これじゃ足りないと思うから、とハンバーガーみたいなボリュームのカツサンドも添えてある。
フルーツサンドもデザート代わりに、と入れてくれたので、もしグウェンダルがお菓子を持っていなかったら、それを悪戯の代わりに大目に貰ってしまおうかなんてことも考えていたのだが、この顔色を見ればそんなことを言えるはずもなく。
「ほら、食べて食べて」
「分かったから、急かすな」
「どう?」
「・・・美味いな」
「よかった、ここら辺のはおれも手伝ったんだよ」
といっても具材をパンに挟んで切るだけなのだが、それになんと技術のいる事か。力加減を間違えると、具材が飛び出してくるのだ。その成れの果てこそが、彼が手にしている物体。
「これも、美味い」
「えええ。そりゃ味付けはおれじゃないけど、料理上手のグウェンダルからすると駄目さ加減が丸分かりだろー」
「こういうものは、見た目が少々悪くても美味い。初めての料理にしては上出来だ」
淡々と口に運んでいくが、グウェンダルはさっきよりも顔色が良かった。無理はしていないのだろう。
「・・・・・・なんか恥ずかしいー」
「何故?」
「――知らないけど。もう、早く食べろよグウェン! っていうかおれも食べよ」
「焦ると落とすぞ。ああ、ほら」
やっぱり、と口の端を長い指で拭われる。
「零してる」
「何だよ、餓鬼扱いして」
「成人したてはまだまだ子どもだ」
「体調管理できない大人に言われたくないなー」
「口ばかり達者だな。なら大人な魔王は執務を人任せにはしないはずだな?」
どうだと言わんばかりに彼は笑った、がその後ですぐに沈んだ。
「――グウェン?」
「お前の言うとおり、疲れているらしい。これくらいでむきになって言い返すとは」
「だから、休んで」
「うっ」
ぐい、と彼の襟元を後ろから引っ張ってバランスを崩す。
「何を・・・」
「野郎の膝枕で悪いけどさ、芝生に直接って言うのも汚れちゃうから。勘弁してよ」
「・・・トリック・オア・トリート。ユーリ」
「何、お菓子はおれも持ってないよ。あ、でもさっきフルーツサンドあげただろ」
「あれはもう腹に入った」
「なんだよその理屈!」
思わず笑ってしまうと、珍しくグウェンダルもおれの下で笑った。
「だから、これでおあいこだ。しばらく借りる」
借りるというのはおれの膝のことだろうか。
考えている間も無く、グウェンダルはすうと目を閉じ、やがて微かな寝息をたて始めた。
ふわりと風が吹いて、おれとグウェンダルの髪を揺らしていく。
「悪戯、か」
「・・・起きた?」
「明日になったらもっと膨大な量になるぞ。雪崩にまた埋まることになる」
雪崩、というのは執務室に今も着々と積み上げられている書類のことだろう。以前、おれは本気で埋まった事がある。
「その時は助けてくれるだろ」
「いっそのことギュンターに押し付けるか」
「ひでえ。それっておれの救出を? それとも書類整理をってこと?」
「さあ、どうだろうな」
そんなどうでもいい会話をぽつぽつと交わしながら。
本来なら殺伐とした時間を穏やかな午後に。
『悪戯』と称した緩やかな時間を買い取ったおかげで、明日の悲惨な光景すらも笑いに代えて。
この『悪戯』の有効期限は一日過ぎても拘束可能だろうかなんて、本格的に王佐に仕事を肩代わりしてもらう算段をつけながら、二人はゆるゆると眠りに落ちていった。





